㈱ヤマタネ(東京都江東区、山﨑元裕社長)が開いた第1回持続可能な稲作研究会(2月9日)の続報。ヤマタネ多収穫米を支える㈱フェイガー(東京都港区、石崎貴紘代表)のカーボンクレジットによる収益化事業と、ソフトバンク㈱(東京都港区、宮川潤一社長)の農業loT「e-kakashi」の取組内容を、各社がそれぞれ紹介した。加えて、フェイガーのクレジット事業を共同検証している新みやぎ農協が、検証結果を報告した。
◇ カーボンクレジットへの取組み(㈱フェイガー農業事業責任者 後藤明生氏)
○ 今、気候変動や温室効果ガスの話をよく聞くと思う。実は、世界全体で見れば、温室効果ガスの10~12%は農業から排出されている。また農林水産すべて含めた第一次産業は、世界の温室効果ガスの4分の1を排出している。世界の動きとしては、150か国以上がカーボンニュートラルへの取組みを表明しており、日本も令和12年(2030)に半分、令和32年(2050)には実質ゼロを確約。ただ日本は後進国で、ヨーロッパでは定める排出量を超えると、罰金が科される制度があり、炭素税もある。とはいえ企業の自助努力だけでは、温室効果ガスを排出ゼロにするのは難しい。そこで、農地で脱炭素に取り組むことで削減した分を、カーボンクレジットとして企業に売る仕組みができた。まだまだ新しい言葉だが、令和元年(2018)~令和3年(2021)で、発行量は倍になっており、令和12年(2030)には100倍以上になると言われている。またクレジットは、生産物に付加価値を付けることもできる。実際、クレジットを売りつつ、「カーボンニュートラルな野菜」や「環境に優しい米」として売りに出したりしている。
○ クレジットは、補助金ではなく民間財源のため、クレジットを作っても売れない限り、収益に繋がらないのが特徴。この手続きを支援するのが当社の事業で、生産者からクレジットを全量買い取り、企業に売るところまで一気通貫で行っている。全量買取時には、最低保証額を前払いし、クレジットが想定以上に高く売れた場合は、ボーナスとして還元する仕組みだ。さらにクレジット化に必要なデータを、必要な時に処理する伴走支援のほか、削減量を定量化して国に申請し、クレジット化する事業も展開している。生産者には、申請するためにどのようなデータを集めたらよいのかをマニュアル化し、提示している。今年からは、記録するときに、写真を撮れば自動でアップロードできる仕組みを提供し、作業負担軽減への取組みも進めている。
○ 事例としては、55町歩で営農する山形の方は、中干し期間の延長で、1年間の最低保証額が約160万円。これにボーナスが乗ると、200万円弱。クレジットの場合は、8年間権利が続くので、1,500万円ほどの収入が入ることになる。これは必ずしも無視できる数値ではない。今年は、29件、1万5,000haほどの事業を展開する予定となっている。
◇ 水稲栽培における中干延長とJクレジットの活用へ向けた検証(新みやぎ農協南郷営農センター 鈴木新氏)
○ 今回報告する取組みは、中干し期間の延長がJ-クレジット制度のメニューに追加された直後、ヤマタネから紹介を受け、フェイガー協力の下、地域生産者を絞って試験的に開始したものだ。協力を要請した生産者は、管内で特栽基準で生産している方とした。当初の予定では、7名の参加、取組面積は45.8haだったが、結果は6名の参加で、39.4haだった。辞退した方の理由は、「普段、中干しを長期間にわたってやらないため、中干し延長をすることで、生育に懸念が生じる」だった。だが結果として、今回取り組んだ6名はいずれも収量、品質とも影響がなかった。
○ 今回の検証による課題は、「日減水深の測定」をあげる。生産者がセルフで完結するのは難しいと感じた。また栽培履歴によるバックデータがないと、単協が管理・支援することが難しく、確認作業に時間を取られてしまうこともあった。
○ 中干し延長は、非常に取り組みやすいと感じている。初期投資なしで、試算上1俵あたり150~180円のプラスになる。これは現在、同様の加算金を付けた販売は容易でなく、生産者にとって良い収入源になる。しかし取組みを支援する私たちが人手不足になる側面もある。その上で、フェイガーと協力し、必要書類やデータ提出の方法、クレジットの支払いなど、事務作業の簡素化を進める必要があると感じた。
○ 農協としても、令和5年産の取組みを踏まえ、さらなる効率化を図りながら、生産者の所得向上に努めたいと思う。
◇ 農業loT「e-kakashi」を用いた今期の振り返りと来期の取組み(ソフトバンク㈱プロダクト技術本部技術企画開発統括部事業企画推進部担当部長兼e-kakashi事業責任者 戸上崇氏)
○ 栽培に関するデータを収集し、見える化するデバイス「e-kakashi」は、ヤマタネとご縁があった平成25年(2013)以来、ずっとサポートしてもらっている。e-kakashiを初めて世に出したのが平成27年(2015)の10月。当時は、機械が1台およそ75万円と高価で、さらに外部給電が必要だったり、親機と子機の無線通信が1㎞程度と課題が多かった。そこで令和2年(2020)、機械を一新。価格は約10万円(税抜)で、ソーラーパネルを設置。さらに携帯の電波が入るところならどこでもデータを得られるようになり、設置時間も10分ほどに。ようやく取りたいデータが簡単に取れる時代が来た。
○ 米ではないが、データがより取れるようになったことで、生産性が上がった露地栽培が増えた。北海道のカルビーポテト㈱のジャガイモ栽培事例では、土壌水分センサーでデータを取得し、水をあげなければならない時に水をあげただけで、慣行栽培に比べて収量が最大1.6倍まで増加した。ほかにもトマト、レタスの収穫期を、環境データを用いて予測し、収量1.3倍を実現した事例もある。この方は、投資額が年間およそ45万円に対し、120万円ほどの増収となっている。
○ 当社は、ヤマタネとともにデータを取るだけでなく、当社独自で環境データ、生育記録、作業記録を取って、科学的な栽培マニュアルを作らなければならないと思っている。例えば、「出穂からの積算温度」のデータ化を進めている。だが、データ数はまだまだ少ないので、当社としては、さらにデータを収集し、検証を行っていく。
○ e-kakashiを導入する生産者のデータによると、ヤマタネの報告にもあったように、令和5年産は単収が低い。原因を生産地の代表的な気象データを使って分析したところ、昨年8月の平均気温が、例を見ないくらいの高温だったことが分かった。また高温によって、どのような影響が出てくるのか。データを分析すると、出穂後10日間の平均気温が、乳白粒の増加に影響すること分かっている。
○ 令和6年産への取組みとしては、まず水深センターの初期設定と操作を不要にする。また自動校正機能を追加し、精度を高める機能も盛り込り、ヘリカメムシの発生予測もできるようにする。さらに用途の拡大として、収穫時期の予測、中干し開始の予測だけでなく、いもち病や、ヘリカメムシの発生予測・シェアもできるようにしていきたいと考えている。
〈続〉